アキヒロワタナベの再生建築について

 既存を活かすからこその価値を😃

手紙/東野圭吾

今回は最近読んだ本の感想を。
東野圭吾さん「手紙」という作品です。




もう10年も前の話。
小学生の時、担任が
「どうして“人”っていう言葉と“人間”っていう言葉があるか知ってる?」
って話をしてくれた。
もちろんクラスの誰も知らないし、
いちいちそんなことに気づいてるヤツもいなかったと思う。

その先生によると、もともと人と人間は大きな意味の違いがあって、
 “人”は分類学的な意味でのホモ・サピエンス
 “人間”は他の人とのいろいろな関係(つまり世間)を持つ存在
のことだったんだって!
(ちなみに昔は「人間」を「じんかん」って読んだらしいよ!)

手紙 (文春文庫)

手紙 (文春文庫)


で、本のレビューで何でこんな話をしたかっていうと、
この本の伝えたかったことがこの話に通じると感じたから。





主人公は高校生で、彼の兄貴が弟の大学の授業料を用意しなければという
愛情と義務感から盗みに入り、誤って人を殺してしまう。
その後「強盗殺人犯の弟」という枠泥にまみれ
主人公はこれまでよりずっと理不尽で多難な人生が始まり…。





以前、冤罪事件がニュースで報道されたことを思い出し、
改めてこの本(の言ってること)の大事さが身に染みる。
人を(生物学的な意味でも社会的な意味でも)殺すということは
人間にとっての本質である“間”を断ち切ることになる。
(そんな“間”の抜け落ちた状態を、先生はマヌケと呼んでいた。)
そのことを気づかせてくれ、再確認させてくれたこの本。
自分が今どんなにラッキーか、よく分ります。





人間にとっての本質が“間”である以上、俺はもっと
利他的に生きなければならないし、
そうすることが結局自分に帰ってくると思うのです。
そんな大事なことを思い知らせてくれた東野さんに感謝!




では、また。