アキヒロワタナベの再生建築について

 既存を活かすからこその価値を😃

白鯨/MOBY-DICK

ついにこの本を読んだ。
伝説の白鯨を獲ることに生涯を捧げた老船長の物語。それを作者の体験をもとにイシュメールという乗組員が語る。

白鯨 上 (岩波文庫)

白鯨 上 (岩波文庫)

白鯨 下 (岩波文庫 赤 308-3)

白鯨 下 (岩波文庫 赤 308-3)


板一枚の下は地獄みたいな場所で、取れるかどうかも分からない仇敵を目指して乗り出す船員は『崇高の域にまで立ち上がる』者で、舞台の海は俗なる陸地から切り離された場所である。
『港には慈悲がある。港には安全と憩いと暖炉と暖かい毛布と友達と、すべてわれら弱い人間にやさしいものがある』けれど、航海中の船には極力陸地を避けねばならない時がある。それは嵐のとき。『かなた嵐の中では、港、陸、そのものが、船にとっての危害なのだ。(中略)岸にちょっと触るだけでも、たとい龍骨をかすめるだけでも、船の全身には戦慄が走りめぐるのだ。』
安全な故郷の陸へ送り届けようと吹き荒れる風に抗い、身体ひとつで向かう嵐の中こそ、真理の垣間見える努力の場所だということか。逆境の中でこそ発見できる最高の真理。

白鯨 (下) (新潮文庫 (メ-2-2))

白鯨 (下) (新潮文庫 (メ-2-2))

でも鯨捕りなんて、鯨を獲る時と仲間の船に出会うとき以外は鯨の潮吹きを探す以外に何もすることがない。だから作者は鯨の生態や捕鯨生活の実態を延々と語りながら鯨を待つことになるが、本の大半を占めるこの部分は気が狂いそうになるほど退屈極まりない。がしかし、そうやって鯨を描いているようで本当は外部から人間を描写している。鯨の偉大さ、高貴さ、深遠さをべらぼうな紙面を費やして描き、人間の小ささを罵るという人間批判。最後の船長とモビー・ディックの決闘も、人間の思い上がりに対する戒めとも感じられる。

白鯨 中 (岩波文庫)

白鯨 中 (岩波文庫)

物語も終盤に差し掛かると、エイハブは死を覚悟、いや前提としてモビー・ディックを追いかけてきたことが分かる。何故か。
彼は世界の真の意味、真理は『ボール紙の仮面』である表面からは見えず、その仮面の背後に触れることで、想像主の想像の真の意味(=自分の生きる意味)を認識すると言う。彼にとっては「壁」として彼の目の前に立ちはだかる白鯨との闘いだけが、「仮面」を剥ぎ取る唯一の手段だったのだ。
過去の闘いで片足をもぎ取られ、想像主の意志が「猛々しい獰悪なもの」であり、「底知れぬ邪悪な底意」を含んだものであることを思い知る。その底知れぬものを憎み、「仮面」の「壁」の向こうにはなにもないと思うこともあるにも関わらず、その「壁」をぶちやぶることが人生そのものとなったのだ。それが彼の『狂気』の始まりであった。
作者はそんな船長を『悲劇的に偉大な人物は、既にある病的な素質を媒介として形成されるものだ。あらゆる人間の偉大さとは病に過ぎぬのだ。』と紹介する。

『あらゆる肉体的苦悩ばかりでなく、おのれのあらゆる思想上精神上の憤怒までも、すべてモビー・ディックそのものと同一視するところまで行ってしまった。深刻な人間には(略)そうした魔性の悪念が凝って、眼前を遊弋する「白鯨」の姿と化したものと、エイハブの目には映った。この捉えがたい悪こそは、世の始まりから存在していたのだ。』といいうことを、パリの博物館の地下、ローマ風俗場の跡、などに暗示する辺り、これが普遍的な問題であるという意識を感じた。

白鯨 (上) (新潮文庫 (メ-2-1))

白鯨 (上) (新潮文庫 (メ-2-1))

個人的には、これは最も長い間読もうとして読めなかった本のひとつだ。大学受験時代の尊敬する英語の先生が、「もう少し早くこの本に出会っていたら、俺はこの本を卒論のテーマにしたかった」と言っていた。大学で建築を勉強し始めると、世界のANDOも影響を受けていた。なのに読み終わるのは修士の2年になってしまった。何とか読了したものの、結局半分も理解できていない気がする。

板一枚の下は地獄という海の中、獲れるかどうかも分からない白鯨を追って嵐の中でも岸に寄らない海の男たちは、リスクを冒して何かを獲りに行く冒険心―俺達が一番必要としているもの―の象徴として映った。
豊かな時代しか知らない俺達からすると、得られる保証もない目標にリスクを冒して挑む姿勢は、何ともバカらしく思える。しかし本当はリスクを冒さない生活は過去の蓄積を消費するだけで、未来に対して何も積み上がらない。他人が生み出したものを消費するだけの社会からは、いつかなにもかもなくなってしまうだろう。
リスクを冒さないことが一番のリスクだというパラドックスを自覚するのは非常に困難なことだと思うが、やはりリスクを冒して何かを目指し、世の中を作っていく普段の努力が必要なのだと思う。その生き方にロマンを感じる人間の冒険心が、大洋を舞台として描かれている。
この姿勢こそ今の俺にとって最も大事なもののひとつだ。

この『白鯨』と言い、カラマーゾフの兄弟といい、だいたい19世紀の名作はとてつもなく長いし、聖書を知らないと象徴の世界を読みとけないみたいだ。まあ理解できるのはもっともっと先だろうけれど、とにかくこれらの本を今、読んでおくことは言葉じゃ言い表せないくらいに重要な意味をもつ。気がする。