再生建築の全てを解説するブログ

 既存を活かすからこその価値を😃

4年半つとめた設計事務所を退職しました。

2015年9月20日をもって青木工房を退職しました。


大学院生のころから、当時ぼくの指導教官だったボスの事務所にバイトに行ってるうちに、そのまま流れるように入社しました。それ以来かれこれ4年半。長いようで短かったような、短いようで長かったような・・・。


退職にあたりご挨拶した方々によく聞かれた

  • いつごろから退職を考え始めたのか
  • どうして退職を決断したのか
  • 退職を決断したきっかけは何だったのか

について書いておくです。

いつから

いつ、というのは大元をたどると「入社前から」というのが答えになります。そもそもずっこの場所に居続けるつもりがなかったのは、気力も体力も充実している20代でとにかく力をつけようと、修行の場所として選んだからです。


あと、いわゆる「アトリエ派」と呼ばれる建築家の設計事務所というのは、定年まで働き続けることは極めてまれです(ぼくがまだ知らないだけかも知れないが、そんな人に出会ったことがない)。建築雑誌にのるような作品をつくる事務所というのは、例外なく激務。卒業設計をずーっと続けているようなものです。そんな場所で働きたいと思う人は、将来的な目標に到達するための修行の場を探していることがほとんどです。ぼくもご多分にもれずそうやってこの職場を選びました。

どうして

先述のとおり、はっきり言ってしまえば最初から退職するタイミングを図りながら働いていたのですが、それは「自分の思うように仕事をしたい」という考えが根底にあるからだと思います。「自分の思うように」というのは、「設計者としての最終的な決断を自分の責で行いたい」という意味や、「ボスや上司の思いを実現するのではなく自らが思い描くものをつくりたい」という意味や、「働く時間や働き方は自分でデザインしたい」など、いろんな意味があります。
まぁ、一言でいえば自分で食っていきたいということだと思います。

きっかけ

入社してから4年半、常に締め切りに追われる毎日でした。図面を描かなきゃ、模型つくらなきゃ、パースが・・・。だいたいどのプロジェクトでも2週間に1回のペースでクライアントと打ち合わせをするので、2つ3つプロジェクトを抱えると毎週が何かしらの締め切りです。間に合わなければ終電で仕事を家に持ち帰ることもあったし、年末年始の連休を全部返上して事務所に泊まり込んだ年もありました。そんな生活が4年くらい続きました。


転機は今年の夏ごろにふっと訪れました。その頃、ぼくが担当していたあるプロジェクトの工事が大詰めを迎えていました。躯体工事が終わり、あとは仕上だけ。(といっても既存の復旧だからすぐ終わる)。竣工まであと2カ月を切っていたと思います。
他に契約中でペンディングのプロジェクトが2つくらいあり、相談を受けているプロジェクトがいくつかあったのですが、それも一向に進む気配がありませんでした。
契約しているプロジェクトがひとつもなくなるー。それは4年半ずっと突っ走ってきたぼくにとって初めてのことでした。そのことに気がついた時、「ああ、これが辞め時なんじゃないか」とふっと思いました。


どうして「今」なのか

なぜ「今」だと思ったのか。その理由は以下です。

  • 5年目にしてはじめて辞められる時がきた
  • つまり今を逃すとあと5年くらい辞められない可能性が高い
  • 今のぼくでも辞めると言えば遺留されることは十分に予想されたが、5年後のぼくはもっと辞めにくくなる(はずだ)
  • 今なら辞めても独身の20代。自分ひとりなら独立でも転職でも食べていけるようにはなった(と思う)。仮に失敗してもかすり傷で済む。
  • 5年後には30代半ばになってる上に結婚だってしているかもしれない。失敗しても致命傷にはならないかもしれないけれど、大ケガするし、させる。きっと今より体力もない。

本当は他にもいろいろとあるのですが、タイミングに「今」を選んだ理由はそんな感じです。